一病息災

沢田正吉さん、年齢は71歳。とても70歳を越えた高齢者とは思えない若々しさです。正吉さんの日課は、朝の目覚めから始まります。

 この朝の目覚めがとても爽やかなとき、正吉さんば「今日も、一日健康だ」と感じるそうです。

 まず、近くを散歩します。朝の澄みきった空気はすがすがしい気分にさせてくれます。

 散歩から帰ると鉢植えの手入れをします。美しく咲いた花などをながめていると、心もなごみます。

そして朝食をとります。特に正吉さんは、よく噛んで、ゆっくり食べ、常に腹八分目にすることに徹しています。

 食事がおいしくなかったり、気分がすぐれなかったりしたら、そのことをノートに記録して、自分の健康状態をチェックすることにしています。

 こうしてつけた毎日の健康記録は、主治医に相談するときに大変貴重な資料として役立ちます。

 今日は、楽しみにしている「歩こう会」の日です。月1、2回の「歩こう会」には、近所の高齢者が集まってきます。仲間たちとの楽しい会話・・・・・

正吉さんにとって残念なことは、前回の「歩こう会」には元気にやって来た人が突然見えなくなったり、また3人寄れば病気のことや、先行きの不安や愚痴をこぼし合う人を見かけることです。

正吉「どうしました?」

A老人「どうも最近、胃の調子が悪くて・・・」

正吉「検査はしたのですが?」

A老人「いや、とてもそんな・・・こわくて、こわくて、行けません。」

正吉「そうですか?!あんたの気持はよくわかります。しかしね・・・」

 正吉さんは、自分の過去を想い出しながら、この老人に淡々と語り始めました。

私は子どもの頃から病弱でしてね、よく両親に心配をかけたものです。中学時代には肺結核をわずらい、高校時代は胃腸病に悩みました。社会へ出てからは高血圧ぎみで同僚におくれをとりました。丁度49歳の時でしたが、会社で残業をしていると突然、書類の前がチカチカとして、目がくらんでしまったのです。瞬間、私はもうダメかと思いました。

 家へ帰って、家内にそのことを話すと、すぐに病院に行ったほうがいいといってくれましたが、脳卒中で倒れたおやじと同じ運命を辿るのかと思うと、とてもそんな気にはなれません。その夜は、床に就いても中々眠れませんでした。それ以来、私はふさぎ込む日が多くなりました。

幸い、私はよい医者とめぐり合い、その後はこのお医者さんの指示のもとに食事や生活習慣の改善にも取り組み、週1回は、必ず血圧を測るようにしてきました。そして、体の調子なども含め、毎日の健康状態を記録しています。ですから、ちょっとでも具合が悪ければ、すぐに診察して貰っています。

 とかく、人間は病気になると、その病魔に負けて暗い人生を送りがちですが、私は、折りにふれ、病気と闘って楽しい人生を全うした人達の体験談を見聞きしてきました。その場合、必ずといっていいくらい病気を冷静に受けとめ、適切に対処し、明るく積極的な生き方をされています。

 そのためにも、私は生きがいのある生活を見付けだし、趣味や新しいものに関心を持つように心がけ、また健康に関する行事や町内会の会合などには積極的に出かけるようにしています。

 そのおかげというんですかね。この年まで元気に来れたのも、高血圧症に負けずに暮らして来れたのも・・・。でも、あの時の私の無残な姿、家内の悲しい顔を思い出すと、今の幸せが嘘のように思われます。

 それから2週間後・・・。「歩こう会」で元気な再会です。

A老人「正吉さん!私は軽い胃潰瘍でした。ありがとう。ほんとに、あなたのおかげです」

正吉「いいえ、あなたも一病息災に仲間入りですね。でも、お互いに病気なんかでくよくよせずに、力いっぱい頑張りましょう!これが長生きするコツですからな」

A老人「全くです。」

この2人の逞しい会話は、青い空のかなたにこだましていきました。

いかがでしたか?「一病息災」という新しい時代の健康づくりの基本は、結局、”自分の健康は自分でつくる”というしっかりとした自覚を持ち、病気に打ち勝つ生活の仕方を自分で発見することです。そして、自分自身の健康な生き方を積極的に創り出しながら、長い人生航路を楽しく、逞しく生き抜いていくことではないでしようか

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