歯とくらし

いつまでも若々しく健康でありたい。−−−これが私達万人の願いです。

日本は世界一の長寿国となりました。ところが歯の寿命の方は、生活環境がよくなっているにもかかわらず、それほど長くなっていません。急速な高齢化社会を迎えているというのに、食べる楽しみがそこなわれることは、まことに残念です。

ところで、歯を失う原因の大部分は、虫歯と、歯周疾患の症状の一つである歯周病で、この二つで歯の疾患の約87%を占めています。特に成人にとって恐ろしいのは歯周疾患で、音もなく忍びよってくることから、無症状症(Silent disease )といわれています。

これは、歯周病や歯肉炎など、歯のまわりの病気にかかっている状況を図に示したものです。ごらんのように20代から歯周疾患の人が増えて、50代でピークに達し、70%近い罹患率となっています。歯には、人体に備わっている自然治癒力とか再生能がありませんから、悪くなってしまうともう手遅れです。

従って、歯の健康のためには、歯が悪くならないように平素から予防に心がけるとともに、歯の役割について正しい知識をもつ必要があります。というのは、あとで述べるように、歯はからだの健康の入口だからです。

歯の役割で最大のものは、ものを噛むという行為です。前歯の上下の噛み合わせで食物を噛み切り、奥歯の上下運動で臼のようにすり潰します。よく噛むことによって、私達は楽しい食生活を送ることができます。

また、ものをよく噛むという行為は、消化吸収がよくなることの第一歩ですから、胃や腸のはたらきはもちろん、心臓や腎臓など全身の臓器の健康にとっても大きな影響を持っています。

ところが、現代の多くの家庭では、何事も、とかく手抜きになって、食事も加工ずみのものばかり食べたり、せかせかして生活にゆとりがありませんね。

特に最近は、食品のソフト化が進んで、歯で堅いものを噛んだり、くだいたりすることが少なくなっています。これはクルマ社会になって、足を使わなくなり、下半身の衰えた人が多くなったのと同じ現象で、人間も動物であることを再認識しなくてはいけません。

次に、健康な歯と歯並びは、私達の顔の形を整えるうえで、重要な役割を持っています。つまり、噛む刺激と運動によって、幼児から青年にかけ、顔の形が整ってくるのです。

このように、幼児期から成人へと、だんだん顔の形が変化するのは、ものを噛むことによって、顎が発達するからで、歯や歯並びが悪いと、顔の形がゆがんでみえたりします。

昔から明眸皓歯(めいぼうこうし)といわれるように、今でも目もとがパッチリし、歯並びが白くきれいなのが美人の条件ですね。

ところが、虫歯になったり、歯並びが悪くなったりすると、口許がおかしくなって、同じ人とは思えないほど容貌が変わってしまいます。

さて、歯の役割でもう一つ大事なのは、言葉を正しく発音することです。特に、前歯が折れたり抜けていると、Sの発音が不明瞭となり、サ行がうまくいえません。また、お年寄りの言葉が、ふにゃふにゃと聞こえるのは奥歯が悪いためです。

では、歯はなぜ悪くなるのでしょうか。正常な歯とそのまわりの組織は、このようにエナメル質、象牙質、歯髄、セメント質、歯根膜、歯肉、歯槽骨、−−などから成っています。そして、ごらんのように根の部分の方が長く、顎の骨から動脈や静脈、神経などが小さな穴を通って、歯に栄養を補給し、新陳代謝を行っているのです。

歯垢は口の中の細菌が糖分を栄養として繁殖し、歯の表面に粘っこくべったりとくっつきます。これをプラークと呼んでいますが、その中の細菌が酸を発生させて、歯の表面を溶かし、だんだん侵蝕していったりして、歯周疾患の原因になるのです。

虫歯はまず表面のエナメル質から侵されます。最初は白く濁った感じになりますが,まだ痛みはありません。次に象牙質が侵され、黒か茶褐色の穴があき、痛みを感じるようになります。それから穴が大きくなり、神経まで達して痛みに耐えられなくなります。そして、いよいよ歯の大部分が侵され、根だけになってしまうのです。

歯の疾患の50%を占める歯周疾患も、虫歯同様、主にプラークとそれが硬くなってできる歯石が原因です。これを放っておくと、歯ぐきが赤く腫れ上がり、口臭もひどく、血や膿を出します。そして歯と歯ぐきの間の結びつきがはがれ、深いポケットのような溝がその間にできます。さらに、そこにプラークや歯石がついて、ますます悪化し、ついに歯ぐきはもちろん、歯を支えている骨まで溶かし、歯がぐらぐらになって抜け落ちてしまうのです。

ところで、このような歯の疾患は、野性動物には見られません。強い丈夫な歯がなくては、生存競争に生き残っていくことができませんから、動物が歯を失うことは死を意味します。

ところが何と、犬や猫がペット化してしまうと、虫歯や歯周疾患に侵され、すごい口臭を発するようになります。これはおそらくドッグフードやキャットフードをはじめ、人間の嗜好に近い食物で飼い馴らされ、口の中が汚れてきたなくなったためです。

それでは、歯の健康を保つために、私達はどんな心構えが必要でしょうか。それはちょうど成人病予防における、ライフスタイルの変革とよく似ています。歯の疾患は暮らしの中に問題点がひそんでいるのです。日常の規則正しい生活−−特に栄養のバランスのとれた食事をし、食後のうがいや歯磨きを必ず実行しましょう。そして定期検診を受け、悪いところを発見したら、すぐ治すようにしましょう。

食事は、ゆっくりくつろいで、よく噛み、お話をしながら、豊かな気持ちで食べましょう。ゆとりのない生活習慣は改めるべきですね。

また、歯の健康のためには、食事のとき、柔らかい物から堅い物へと食べていくことが、望ましいのです。特に、食後にりんごなど堅い物を食べると、歯の運動にもなり、自然に掃除ができて、歯のためにたいへん好都合です。

そして、物を食べたらまず、ぶくぶく嗽いをする習慣をつけましょう。このようにお茶でぶくぶくするだけでも、歯を清潔にするうえでは、効果があります。
しかし、虫歯や歯周疾患の予防には食後に歯を磨くことが大事です。ただし、 ”ただ磨いている”のではダメで、”磨けている”状態にしなければなりません。

毛が曲がったり、毛先が開いた歯ブラシは、毛に弾力がなく、毛先がうまく歯に届きませんから、歯磨きには不都合です。毛が曲がってきたら、新しい物と取り替えましょう。また、狸の毛など柔らかすぎるものも、歯磨きには不適当です。

歯磨きの方法には、人それぞれにクセがあって、例えば左利きの人は、力の入れ方で左側にカスが残るようなことがあり、磨き残しの部分ができますから、従来のやり方に加えて正しい方法で行いましょう。

正しい磨き方は、歯医者さんや歯科衛生士さんの指導を受けることによって、改善して下さい。また鏡を見ながら歯を磨く習慣をつけることが、正しい歯磨きのスタートにつながります。

ブラッシングの方法は、清掃を主とした方法とマッサージ効果を考慮に入れた方法の二つに大きく分けられます。それでは、実際にどのようにして磨いたらよいか見てみましょう。

まず歯の外側を磨くときは、生え際からわずかに離れた歯ぐきに歯ブラシを当て、ぐるりと回転させながら磨きます。1、2、3、4、5、6、7、8、−−左、右、前とそれぞれ八つ数えて、毛先が確実に当たっているかどうか、確かめておきましょう。歯という文字をカタカナで書くと、数字の八になります。歯を磨くときは、一つのブロックを八回位は磨きたいものです。

もう一つは、歯ブラシの毛を歯の外側の面に直角に当てます。そうして歯と歯ぐきの間までの範囲を、上下同時に楕円を描くように、磨いていきます。

次に前歯の内側の上下は、歯ブラシを縦に当て、毛の先端を掻き出すように動かすのがよい方法です。丹念によく磨いて下さい。

上下の奥歯の噛み合わせ面と奥の部分は、十分にブラシの毛先が届くように、先端をこすりつけてゴシゴシ磨きましょう。飽きずに根気よく磨いて下さい。

また、上下の奥歯の内側は、歯ブラシの最も使いにくい所ですが、奥歯の外側を磨く回転法を応用して、丁寧に磨きましょう。

歯と歯ぐきの間を磨くときは、このように歯ブラシの毛先が歯と歯ぐきの間に密着するようにしてこすります。歯肉炎などには、柔らかめの歯ブラシで小刻みに前後に動かして磨くと効果があります。

歯と歯の間をきれいにするには、フロッシングといって、細いナイロンの糸でできたデンタルフロスが市販されていますから、これで清掃して下さい。

また、デンタルフロスの他にも、色々な歯間清掃用ブラシがありますので、効果的に使いましょう。

要するに歯は、自分に合ったやり方で、隅から隅まで磨き残しのないように丁寧に磨き、物を食べたらすぐ磨く習慣をつけたいものです。どんなに忙しくても、朝晩二回,、特に夜は、家族ぐるみ時間をかけて磨いて下さい。

また、ある程度注意していても,歯が悪くなってしまったら、すぐに治療を受けましょう。口の中は鏡で見えますから、様子がおかしいと思ったら、すぐに治療を受けることです。もう少し早い時期に診てもらっていたら、歯を全部抜かなくてもよかったのに、ということがありますから、注意して下さい。

歯が抜けてしまうと、そのままでは噛む力が弱くなって、胃腸障害などを起こしますから、義歯を入れることになります。義歯の手入れも毎日忘れずに行いましょう。

虫歯や歯周疾患などの歯の疾患があると、細菌の毒素が全身にまわり、いろいろな病気を引き起こす恐れもあります。関節炎、心内膜炎、腎炎、頭痛、肩こりなどの症状があったら、歯との関係も調べて、治療してもらえばよくなる場合もあるのです。

早期発見、早期治療−−ほかの成人病と同じく、歯の健康にとってもこれは鉄則です。従って、症状の発見が遅れて、手遅れにならないように、各人があらかじめ歯の検査日を決めておくぐらいの心がけが必要です。最近は、誕生日に歯の健康診断を受けるという人達も増えてきました。

今やわが国の人口構成は、世界に類を見ない程の速さで高齢化社会に向かっています。長寿が喜ばしいといわれる条件は、一人一人が心身ともに健康であることです。

そのためには、日常の生活習慣を、歯の健康にとってもよい方向に変え、健やかな老後を送りたいものです。

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