歯は生きている

かむことの大切さはだれでも知っている。咀嚼には、脳の発達を促したり肥満の予防につながるなどの効用がある。そればかりではない。高齢社会で問題になるぼけや寝たきりの防止に、かむという行為が密接に関係しているともいわれる。健康であるためには何よりも歯の健康が欠かせない。歯に対する健康意識は次第に高まっているが、からだの健診は受けても歯の健康チェックまで受けている人は少ないのが現実。そこで「歯の衛生週間」を期に歯の健康についてもう一度考えてみたい。

虫歯は平均15本、4人に1人が歯周炎

 厚生省の歯科疾患実態調査がある。1994(平成6)年7月に発表されたのが最新データだ。この調査は1957年から6年ごとに実施されており、7回目に当たるそのデータは、1993年11月に、全国の9827人を対象に行われた。それによると、日本人1人の平均虫歯数は15本で、12年前より2本近く増加し、4人に1人が歯槽膿漏など歯周炎を起こしているというのだ。
 調査内容を詳しく見てみると、永久歯の虫歯を持っている人は85.6%で、88年に公表された前回調査よりも0.8ポイント増えたが、治療を終えた人も前回の35.9%から42.7%に伸びており、虫歯治療に前向きの人が増えている様子がうかがえる。
 永久歯の平均虫歯数は、抜いてしまったものを含め15.0本で、前回、前々回の調査から増え続けているという。
 年齢別では、20歳以下の若年層で減少傾向が目立ち、20歳の虫歯の本数は9本台に落ちた。30歳と40歳が14本台、60歳になると20本台に乗り、80歳以上ではほとんど抜かれて平均4・5本しか残っていない。厚生省や日本歯科医師会では、80歳で20本の歯を残そうという「8020」運動を続けているが、現実は目標達成までにはかなりほど遠いことを物語っている。
 一方、歯ぐきに異常のある人は68.1%いた。一番多かったのは軽度の歯肉炎で42.3%だが、歯槽膿漏を含む重度の歯周炎が23.4%、さらに末期症状まで進んで歯を残すのが困難な人も2.4%おり、4人に1人が歯ぐきに重い症状を持っている勘定だ。15〜24歳の若い世代でも6割を超える人に歯ぐきの異常が見られ、ピークの45〜54歳では8割以上に増え、55〜64歳の年代になると、約4割の人が重い歯周炎を抱えている。
 厚生省は、この結果について「全体として歯の健康意識は高まっている」と分析しているが、人生80年時代に果たして「入れ歯いらずの人生80年」が実現できるのだろうか―。その実現のためには、私たち自身が日ごろから歯に対する健康意識をしっかりと持つことが欠かせないことを示している。

おふくろの味よりも袋の味

 こうした歯の健康とともに見逃せないのが、かむという行為の効用だ。現代の子供たちが食事の際に極端に咀嚼の回数が減っているというデータもあり、気になる問題を含んでいる。
 斎藤滋・神奈川歯科大学教授のグループが、古代から現代までの食事を復元して、かむ回数と食事時間を調べてみた(表1・図1)。するとどうだろう。卑弥呼の時代は、1回の食事でかむ回数が4000回近く、時間は51分だったのが、時代とともに減少。戦前の食事では回数が1420回、時間は22分になり、現代の食事では回数で620回、時間はたったの11分という結果になった。
 咀嚼回数の減少は、子供の大好きなオムレツやカレー、アイスクリーム、サンドイッチ、ハンバーグ、ヤキソバ、スパゲティ、メダマヤキなど「オカアサンハヤスメ」と表現される食品にも大いに関係がある。これらは軟らかくよくかまないでも、のどを通ってしまうからだ。
 「昔はおふくろの味と言われたが、現代の食材は袋の味になってしまった。しかも食事の団らんの場が少なくなり、1人で食べる孤食化の傾向も生まれ、それがかむ回数や食事時間の減少につながっている」
 細面ですっきりした現代っ子の小さめの顔がもてはやされているが、手足をよく動かさないと筋肉が発達しないのと同じように、かむ回数の減少はあごの発達を低下させているようだ。
 それは「あごをよく動かさないためにその筋肉や骨の発育が不十分となっている。軟らかいものばかりを食べているため、あごが小さくなり、そのくせ栄養状態はいいので、永久歯の幅も広くなり、八重歯やらんぐい歯のかみ合わせの悪い子供の増加につながっている」と、専門医や学校関係者を心配させているような現実にも見られる。
 このように「よくかむ」という行為は、歯とからだの健康をつくるためには不可欠の要素なのである。また、かむことによって、あごの骨や筋肉を成長させ、きれいな歯並びをつくることにつながるとなれば、いかにかむという行為が重要かが分かるだろう。
 もう1つ忘れてならないのは、かむことによって「食べ物がおいしい」と感じられる味覚の発達を促す点だ。豊かな人生を送るために欠かせない行為なのである。だから、乳歯のときこそ、かむ学習を正しくすれば、永久歯も正しく健康に生えてくる。よくかんで何でも食べる子供になってほしいなら、発育段階に合わせた母親の正しいメニューづくりが大切なことを示している。
 こう見てくると、咀嚼の効用は実に多い。斎藤教授によると、まず挙げられるのは肥満防止だ。さらに味覚の発達や言葉の発音がはっきりする効果、脳の発達の促進もある。忘れてならないのは歯の病気の予防とがんの予防、胃腸の働きの促進、全力投球の活力が出るようになるというのだ。
 「かむ際に分泌されるだ液に含まれる消化酵素には、がんの発生に深く関与している活性酸素を抑える作用がある(表2)。咀嚼の効能は、その頭文字から『ひみこのはがいーぜ』と表現している」
 そればかりではない。増加しているアレルギーとも関連しているらしい。よく咀嚼しないで未消化の状態で腸から吸収されると、食べ物が異物と認識され、アレルギーの抗原になりやすくなる。咀嚼回数の減少が、あるいはアレルギーの増加の一因になっているのかもしれないという。
 それでは子供たちにどうしたら、かむ習慣をつけられるのか。かまないからといってカレーやスパゲティなど子供たちが好きな食物を取り上げては元も子もない。食事を食べなくなってしまう。
 それよりも、例えばカツカレーにしたり、スパゲティならかまないと食べられない貝類を入れたりするなどちょっと工夫する。
 「一口で10回かむところを、30回に増やすことも可能。そうすれば戦前のかむ回数まで増やせる」
 かむことによって、だ液がよく出るので歯を清潔に保つ働きもある。かむ大切さをもう一度見直して―。斎藤教授のアドバイスである。

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